着ぐるみピカチュウ 作:カギヤッコさま ここはマサラタウンの電力会社。 今日もそこに務める先輩と後輩の女子職員コンビが仕事のことでもめている。 「……という訳でさっそくだけど、今日行われるタウンの人達との交流祭でピカチュウをやってほしいのよ」 先輩が一口つけていたジュースを飲んでいた後輩は、その言葉でブーッとジュースを吹き出してしまう。 「ち、ちょっと、何やってるのよ」 何とかジュースがかからずにすんだものの先輩は慌てて 掃除用具置き場からモップを取り出し、床にこぼれたジュースをふき取る。 後輩はそれを手伝うでもなく、ただ体を振るわせていた。 「先輩、またわたしに例の薬を飲めっていうんですか? あの時は大変だったんですよ! 薬の量が多すぎてなかなか元に戻れなかったし、近所の子供達には体中を触られるしあげくは……」 仕事の件で先輩の家を訪れていた主任の目の前で 変身が解けた時のことを思い出し、後輩の怒りは頂点に達する。 「まあまあ、あの件ではわたしが全責任をもって怒られたんだし、 おかげであの薬はめったに取り出せなくなったし…。」 「当然ですよ!」 気楽に言う先輩にまともに怒りをぶつける後輩。 “やれやれ…可愛いし仕事にも一生懸命なんだけど融通が効かなすぎるのが欠点なのよねこの子は……” 頬を膨らませている後輩をよそに反省しているのかいないのかわからない呟きを漏らす。 「だから、ピカチュウの着ぐるみを着て「間接的に」ピカチュウになって イベントを盛り上げてほしい訳なのよ。これならいいでしょ?」 やれやれという顔をする先輩。後輩はというと、 「まあ……そういうことなら仕方ないですけど……」 とうなずく。仕事への態度はまじめな上、 そうした人と接するイベントが好きな後輩にとってそれを断る理由はなかった。 そして、その背後で先輩が何やら意味深な笑みを浮かべていたことも……。 お祭りのために用意された特設更衣室。 その中でTシャツにスパッツ姿の後輩は床の上に置かれた 中身のないピカチュウの着ぐるみを見ながら、ふぅとため息をついていた。 「……まさか、またピカチュウになるなんてね……今度は間接的だけど……」 一連のトラブルを思い出しながら複雑な顔をする後輩。 しかし着ぐるみの背中、開けられているファスナーの中を見つめるうちに後輩の心に妙な高揚感が湧いてくる。 「え……まさか……そんなこと……そんなはずは……」 必死でその高揚感の元となる考えを否定しようとするが、 胸の鼓動と高まる感情は止まらない。 「ち、ちょっとだけよ、ちょっとやったらやめるんだから……」 そう言いながらTシャツの袖をつかむと上に持ち上げ、返す手でスパッツの口をつかんで引き下ろす。 ものの数秒で後輩は一糸まとわぬ姿になる。 「……ちょっとだけ、ちょっとだけ……」 そう言いながらもその足は静かに着ぐるみに近付く。 ガサゴソ……。 「お……おじゃましま〜す」 白い肌と心臓を振るわせながら後輩は足を静かに入れ、着ぐるみを腰まで持ち上げる。 「……あ、あとは……」 顔を赤らめながら大きく深呼吸をすると後輩は一気に裸の上半身を着ぐるみの中に入れる。 チャー……。 この着ぐるみは特殊な作りになっており、中にいる人間よりはるかに大きい体格の着ぐるみでも 自然に自力でファスナーを上げ下ろしすることが出来るようになっている。 そして、ファスナーが上がり切った時、そこには人間サイズのピカチュウが静かに立っていた。 「……わたし……またピカチュウになっちゃった……」 後輩はのぞき穴越しに鏡に映る着ぐるみ姿の自分を見て 思わず驚きと感慨に浸っていた。そこへ……。 「おっ、もう準備できたんだ。ちょうど出番が来たからさっそく行くわよ」 いきなりドアを開けて先輩が飛び込んでくると後輩の手をつかんで一気に部屋から引っ張り出す。 「せ、先輩、ちょっと待って……」 感慨が覚めやらぬうちにムリヤリ引っ張られた後輩は気持ちを切り替える間もなく引っ張られていく。 お祭り自体は大盛況だった。 最初はパニック状態になっていた後輩も他の職員達と共にゲームや発電の仕組みなどの 学習イベントに参加しているうちにようやく気持ちが鎮まっていた。 裸の上に着ぐるみと言うある意味扇情的な姿で人前に出ている事も一連のピカチュウ化で 慣れができたのか「着ぐるみが脱げなければいいか」位には思えるようになっていた。 どうせ特設更衣室に戻るまで脱ぐことはないのだから……。 そして大成功のうちにお祭りも終わり、後輩も更衣室に戻り着ぐるみを脱ごうとしていた。 ファスナーが静かに下がり、その中から熱気と共に肌を上気させ汗の雫を輝かせた後輩の黄色い素肌が……? 「え? これって……?」 全身を覆う黄色い素肌。背中を見れば印象のあるしまと稲光を模した尻尾。 顔を見れば細長い耳がピンと立ち、頬には可愛い赤い丸が一対……。 「ぴ・ぴ・ぴかちゅう〜っ!!」 それはまさにピカチュウだった。 体形こそ人間のままだが体を覆う特徴は間違いなくピカチュウのものである。 文字通りのピカチュウ人間と化した姿に思わず慌てふためく後輩。 「ま、まさか、これって……」 そこへタイミングよく、後輩の悪寒の主が陽気な顔で入ってくる。 「せ・ん・ぱ・い!」 全身から電撃をみなぎらせるかの勢いで先輩に迫る。しかし、先輩は涼しい顔で、 「あなたもすごいわね。ピカチュウの着ぐるみを着ていただけで 本当にピカチュウになっちゃうなんて。そんなにピカチュウになりたかったのかしら?」 と返す。 「違います!」 後輩の剣幕はますます荒くなる。 「勘違いしないでね。少なくともあの薬の後遺症とかじゃないわよ。 実際あなたくらいのペースで薬を飲んだ人はそんな症状なかったんだから。 あなたは自分の意志でピカチュウになったのよ」 「そ、そんなぁ……」 ガクンと床にへたり込む後輩。 「ま、人生万事サイオウがギャロップって言うじゃない。 その姿になったことも何か意味があるはずだし、前向きに生きていくことを考えた方がいいわよ」 「……」 「ま、とりあえずはこの発電所のマスコットなんていいわね……」 捕らぬ狸の何とやらでルンルン顔の先輩と、これからの人生を考えふさぎこむ後輩であった。 実はかの着ぐるみには仕掛けがあり、素肌越しにあの着ぐるみを着ると 自動的に内蔵されていたポケモン型スーツが自動的に体を覆う仕組みになっていた。 しかも着ぐるみを着ている間はそのことには全く気付かないようにできている。 誰がそんな仕掛けを着ぐるみに組み込んだかは言うまでもないが……。 早い話後輩はピカチュウ人型スーツを着ているだけで、それさえ脱げば 元の人間に戻れる訳であるが、今の彼女にそれを理解することはできなかった……。 もちろん一通り後輩の慌てぶりを堪能したあとで 先輩は“それとなく”後輩にそれを教え、後輩は無事スーツを脱ぐことができたが、 先輩は、その一部始終――後輩が服を脱いで全裸のまま着ぐるみに入ったところから着ぐるみを脱いで ピカチュウ人スーツ姿で出てきて慌てふためくところ、そしてスーツを脱いで裸のままほっと落胆して そのまま壁にもたれている姿まで――を密かに隠し撮りしていた。 後輩がその画面を見て、赤面と怒りを交えながらそのことを知るのは、ほんの少し先のことである。